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2012-03-21

讃歌

好きな作曲家を讃えるシリーズ。
今日はこの人。
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Franz Schubert(1797-1828)
西洋音楽史上、最も天分に恵まれた作曲家はシューベルトだろう。
同じ天才でも、モーツァルトは最期まで神童であり続けようとした。
言い換えれば、大人になっても神童というスタイルを捨てきれなかった。
グレン・グールドが言ったように、「死ぬのが遅すぎた」のかもしれない。
その点において、シューベルトは偉かった。自分を模倣しなかったのだから。
もちろんこれには、私の独断と偏見によれば、という前置きが必要ではあるが。
「冬の旅」がシューベルトとの最初の出会い。小学校4年だった。
父親が毎日歌ってCDを流していたので、すぐに全曲を覚えてしまった。
同じ頃作曲を始めたが、当時の曲は皆シューベルト風で、暗い曲が多い。
それから後は他の音楽に興味が移っていき、忘れていた。
再びのめり込んだのは二十歳のとき。シューベルト作品の演奏が試験課題となり、
私はD385のイ短調ソナタをやることにした。この曲が当たりだった。
こどもの頃の記憶がフラッシュバックして、もう一度「冬の旅」を聴いてみた。
衝撃だった。こんなにもディープな世界だったのか、と。
大げさではなく、自分を形作っている構成要素であることに気がついた。
そして聴きまくった。歌曲、弦楽四重奏曲、交響曲、ピアノ曲……
以下は特に好きな作品。
・歌曲集「冬の旅」         (Hermann Prey/Karl Engel)
・歌曲集「美しき水車小屋の娘」   (Dietrich Fischer-Dieskau/Gerald Moore)
・弦楽四重奏曲 第15番 ト長調    (Melos Quartett)
・ピアノソナタ 第18番 “幻想” ト長調 (Sviatoslav Richter)
シューベルトの音楽をひとことで表現するのは難しい。
だがあえて言うなら、恐ろしく美しい音楽、だろうか。
最後に、長田弘の「黙されたことば」からの引用。
短い人生
 幸福とは、何一つ私有しないことである。
 自分のものといえるものは何もない。
 部屋一つ、机一つ、自分のものでなかった。
 
 わずかに足りるものがあればかまわない。
 貧しかったが、貧しいとつゆ思わなかった。
 失うべきものはなかった。
 現在を聡明に楽しむ。それだけでいい。
 無にはじまって無に終わる。それが音楽だ。
 称賛さえも受けとろうとしなかった。
 空の青さが音楽だ。川の流れが音楽だ。
 静寂が音楽だ。冬の光景が音楽だ。
 シューベルトには、ものみなが音楽だった。
 旋律はものみなと会話する言葉だ。
 神はわれわれに、共感する力をあたえた。
 無名なものを讃えることができるのが歌だ。
 遺産なし。裁判所はそう公示した。
 誰よりたくさんこの世に音楽の悦びを遺して
 シューベルトが素寒貧で死んだとき。

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