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2012-03-04

雑感

俺の歌を聴け、みたいな演奏は嫌いだ。
声を張り上げて演説しているようでみっともない。
大勢を相手にする場合、人はどうしても大げさになる。
確かに、大ホールで微妙なことをやってもあんまり効果はないだろう。
中学生のときT先生から”極意”を教わった。「演奏は宝塚の化粧みたいなもんよ」
曰く「近くで見たらバケモノみたいな顔でも、遠くから見れば普通にみえる」と。
だが、シャイな私にとってそれを実行するのは困難だった。
ところで、シューベルトの大規模な後期作品がどこか無理のあるように感じるのはなぜだろうか。
彼がベートーヴェンに憧れていたかどうかは別として、コンプレックスを持ってたことは確かだ。
すなわち、自分には構成力が欠けている、というコンプレックスだ。それが原因なんじゃないか。
『未完成交響曲』は途中で、このままいくと3拍子ばかりになると気が付いて諦めたに違いない。
いずれにせよ、彼はずいぶん苦労したはずだ。歌曲や小品を書くようにはいかなかったのだから。
先日、大阪の地下鉄で<性格を変える>なんていう特集を組んだ雑誌の車内広告を見た。
性格ってそんなに変えなきゃいけないものなのか。雑誌見て変わるぐらい薄っぺらいものなのか。
変えられないこと・ものはある。そのうえで自分にできることを最大限やる。
と、どうやら至極当たり前のことが確認できた。

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